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元は金光明寺と称していたこのお寺に弘法大師が巡錫した際、水不足に悩む住民のために井戸を掘ったところ霊水が湧き出しました。そのため大師は堂宇を建立して寺号を「金泉寺」と改めたということです。伝説の井戸は観音堂の右手の小さなお堂の中にあり、この井戸を覗いて影がはっきりと映れば長寿に、ぼやけていると短命になるとの言い伝えも。

この地で修行した弘法大師は、水不足に苦労している村人を哀れんで、錫杖で一夜のうちに井戸を堀りました。こんこんと湧き出た清水に映った自分の姿を石に刻んだことから、この井戸は「面影の井戸」と呼ばれるようになり、寺号もこれに由来するとか。またこの井戸を覗いて自分の姿が映れば無病息災でいられるが、映らなければ3年以内に不孝が訪れるという話も。

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開運鏡の井戸
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大師の御加持水
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約1300年前に作られた巨大なため池・満濃池は、度々決壊を繰り返して周囲の住民を苦しめていました。築造から120後の821年、朝廷から築池担当として派遣された弘法大師は、沙弥1人と童子4人を従えて讃岐に向かい、3年かかってもできなかった改築をわずか3ヶ月で終えてしまったそうです。満濃池そばにある神野寺には大師の像が祀られていて、今も静かに湖面を見つめています。

弘法大師の加持水と言い伝えられている、海から湧き出る不思議な清水。本陣川が海に注ぐ付近で見られます。また、西条市には弘法水だけでなく、たくさんの湧き水スポットが点在。「うちぬき」と呼ばれ、観光客に人気です。
■愛媛県西条市

一粒万倍の釜
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さぬきうどん
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母川
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弘法大師が諸国を巡礼している時のことです。岩本寺 の近くで栗の実を取っている子供たちに出会いました。大師が栗を1個だけ求めると、子供たちは栗を1個差し上げました。栗をもらった大師が「栗三度子のと る実 木も小さくいがもささずに」と歌を詠むと、それから大師の歌の通り栗の木は背が高くならず実も年に3回実るようになったそうで、実際に3回実を付け る栗の木が岩本寺の境内に生えています。また岩本寺には「桜貝」「子安桜」「口なし蛭」「筆草」「尻なし貝」「戸たてずの庄屋」という大師にまつわる伝説 が残されていて、「三度栗」とあわせて岩本寺の七不思議と呼ばれています。
今の鯖大師本坊がある場所で、弘法大師が修行をしていた時のこと。ある日通りかかった馬子に積み荷の塩鯖を求めましたが、口汚くののしられて断られ てしまいました。馬子がそのまま道を進んでいると突然馬が苦しみ出しました。先ほどの僧が大師だと気づいた馬子は、大師に鯖を差し上げて謝罪し、馬を助け てくれるよう頼みました。大師が加持水を与えると馬は見違えるように元気になりました。さらに八坂八浜の法生島で塩鯖を加持すると生き返って泳いだではな いですか。これ見て仏心に目覚めた馬子はこの地に庵を建てました。鯖を3年断って祈念すると、願い事が叶い、病気が治り、幸せが訪れるという話が広まり、 いつしか「鯖大師」と呼ばれるようになったそうです。
弘法大師が今治の馬越付近を訪れた時のことです。大師は芋を掘っていた村人に、1つ分けてくれるよう頼みました。しかし村人は「これは食べられる芋ではない」と嘘を言って断ってしまいます。大師が去った後、村人が芋を食べようと煮てみると、芋は本当に石のようになってしまい食べられなくなってしまったということです。この芋は「食わずの芋」「石芋」と呼ばれています。
昔々屋島の麓にはたいへんなケチのお爺さんが住んで いました。お爺さんの家の庭には美味しい実がなる大きな梨の木が生えていました。そこを通りかかった弘法大師が喉の渇きに絶えかねて「梨を1つ譲ってくれ ないだろうか」と頼みましたが、お爺さんは「この梨は固くて食べられない」と嘘を言い、大師が何度頼んでも梨をあげませんでした。大師が去った後、お爺さ んが梨を食べようとすると、あの美味しかった梨は全て歯が立たないほど固くなっていたそうです。同様の話は雲辺寺にも伝えられています。

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さか松
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千手観音になった娘
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昔伊予の国に衛門三郎という強欲な長者がいました。 ある日門前にやってきたみすぼらしい托鉢僧を、衛門三郎は追い払い托鉢を8つに割ってしまいました。ところがその後、衛門三郎の8人の子どもが次々と死ん でしまいます。あの僧が弘法大師であることを悟った衛門三郎は、大師を追って四国巡礼に旅立ちました。しかし何度四国を回っても大師には会えず、ついに焼 山寺で倒れてしまいます。その時大師が現れ「お前の罪は消えた。最後に望みはないか」と問いました。衛門三郎が「生まれ変わって人のために尽くしたい」と 答えると、大師は彼の手に「衛門三郎」と刻んだ石を握らせ、衛門三郎は安心して息を引き取りました。その数年後、伊予の豪族河野息利に男子が産まれました が、なぜか右手を握ったまま開きません。そこで安養寺で願をかけたところ手の中から「衛門三郎」と書かれた石が出てきました。そこでこの石をこの寺へ納 め、寺号も「石手寺」と改めたということです。現在もこの石は石手寺に安置されています。

第三十八番札所・金剛福寺がある足摺岬には、弘法大 師にまつわる不思議な伝説がいくつも残っています。大師が岩肌に爪で「南無阿弥陀仏」の6文字を彫ったといわれる「弘法大師の爪書き石」、大師が沖にある 不動岩で祈願をした際に背中に乗って海を渡った海亀を呼んだ場所と伝わる「亀呼場」、大師が一夜で鳥居を作らせようとしたが天の邪鬼が邪魔して完成しな かった「大師一夜建立ならずの華表(とりい)」など、内容は様々。これらは総称して「足摺岬の七不思議」と呼ばれています。

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捨身が嶽
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狐と瀬戸大橋四国では狐が人を化かしたという伝説はほとんど 残っ てなく、その役割はもっぱら狸が担っているのですが、これには理由があります。ズル賢くイタズラが過ぎて人々を困らせる狐を弘法大師が四国から追い出し、 「鉄の橋が架かるまで帰ってくるな」と命じたというのです。現在は瀬戸大橋が架かっているので、知らない間に狐は四国へ戻ってきているのかも知れませんね。 |
母川の大ウナギ
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